英語が話せるようになったら、「どこの国の先生か」はもっと大切になります

前回は、英語学習を始めるときの先生選びについて書きました。
子どもの頃は、先生の発音やリズム、イントネーションが、そのまま英語の土台になります。
では、英語がある程度話せるようになったらどうでしょうか。
私は、その頃になると、先生選びは別の意味でさらに重要になると思っています。
なぜなら、レッスンの目的が「英語を学ぶ」から、「英語で人とつながる」へと変わっていくからです。
英語が話せるようになると、先生は「その国の文化の案内人」にもなる

中学生や高校生になって英語で会話ができるようになると、レッスンは単語や文法の練習だけでは終わりません。
旅行の話。
学校生活の話。
映画や音楽の話。
スポーツの話。
仕事の話。
将来の夢。
そんなさまざまな話題について、英語で会話を楽しめるようになります。
すると先生も自然と、
「私が子どもの頃はね…」
「私の国ではね…」
「クリスマスは家族みんなで集まるんだ。」
「学校ではこんなことをしていたよ。」
そんな話が、ごく自然に会話の中へ入ってきます。
先生の表情。ジェスチャー。ユーモア。物事の考え方。相づちの打ち方。冗談の言い方。
そうしたものも、その先生が育った文化の影響を受けています。
つまり、英会話とは、単に英語を話す練習ではありません。
その先生が育ってきた文化や価値観に触れる時間でもあるのです。
「どこの国の先生か」で、英会話の楽しさは変わる
だから私は、中学生や高校生になって、ある程度の日常会話ができるようになった頃や、大人になって英会話を始める時には、「どこの国の先生なのか」ということが、とても大切になると思っています。




例えば、大リーグやニューヨークなど、アメリカに興味があるならアメリカ人の先生と話が盛り上がるでしょう。
プレミアリーグやアフタヌーンティーなど、イギリスが好きなら、イギリス人の先生とはサッカーの話や紅茶の話が尽きないかもしれません。
オーストラリアの大自然にあこがれるなら、オーストラリア人の先生から詳しくいろんな話を聞けるのは面白いでしょう。
フィリピンに仕事で行く、フィリピン文化に興味があるなら、フィリピンの事情を知ることは有益ですね。
その国の歴史に興味があれば、教科書には載っていない話を聞くこともできます。
旅行へ行く前なら、ガイドブックには載っていない地元ならではの情報を教えてもらえるかもしれません。
英語は、人と人をつなぐ言葉です。
そして、人と話すということは、その人が育った文化や価値観にも触れるということです。
だから私は、「英語が話せる先生なら誰でもいい。」とは思いません。
自分はどこの国の文化をもっと知りたいのか。
どこの国に行ってみたいのか。
将来、どこで英語を使いたいのか。
そんなことも考えながら先生を選ぶと、英語学習は何倍も楽しくなると思います。
ニューヨーク留学で再認識した「英語は一つではない」ということ

昨年の夏、私はニューヨークの語学学校へ通いました。
そこでは、モロッコ出身の先生、ニューヨーク生まれの先生をはじめ、南米出身の先生やカナダ出身の先生など、本当にさまざまな国の先生のレッスンを受けました。
ニューヨークは、多様な文化が共存する街です。
教室の中もまさにその縮図でした。
いろいろな国の先生がいて、それぞれ違う英語を話し、それぞれ違う文化を持っていました。
その経験を通して、私は改めて感じました。
英語は一つではない。
そして、先生によって、自分が触れる世界も変わる。ということを。
イギリス人の先生から教わった、教科書には載っていない世界
日本では、学校教育で学ぶ英語は基本的にアメリカ英語です。
一方、ヨーロッパの多くの国では、学校でイギリス英語を学びます。
私は長い間、アメリカ英語の響きが好きで、アメリカ英語発音の習得に情熱をかけてきたのですが、
この5~6年は、映画やドラマで耳にするイギリス英語の響きに憧れを持ち始めています。
世界に出てみると、イギリス英語の方が好まれているような印象も持ちました。
イギリス英語をもっと学んでみたい。
そんな思いを持つようになりました。
そこで、ニューヨークから帰国した私は、ご縁があって、イギリス人の先生のレッスンを受け始めることにしました。
私の先生はロンドン出身です。
お父さんはスコットランド出身の労働者階級の方、お母さんはイギリスでもいわゆるハイクラスの家庭で育った方です。
そのおかげで、ロンドンの話だけではなく、スコットランドの文化や歴史についても聞くことができます。
そして何より面白いのが、ご家族の話です。
先生のお母さん(上流階級の言葉を話されます)は、先生の発音(労働者階級の発音)をとても厳しく直していたそうです。
「その話し方はやめなさい」
そんなふうに発音を矯正されていたという話を聞いたとき、イギリスでは話し方やアクセントにも文化や歴史が深く関わっていることを知りました。
話している様子を聞いたら、どこの出身でどんな階級の人なのかもわかるというのが、日本にはない感覚ですよね。
そんな話を聞いていると、もっともっとイギリスについて知りたくなってきました。
エリザベス女王と先生のおじい様のお話
忘れられない話があります。
先生のおじい様は、若い頃イギリス海軍に所属していたそうです。
ある日、若き日のエリザベス女王が兵士たちの前を歩いていた時、おじい様の前で立ち止まり、直接声を掛けられたんだとか。
おじい様は、その出来事が本当に誇らしかったのでしょう。
その話を何度も何度も家族に話していたそうです。
すると、その横では、いつも、おばあ様が少しやきもちを焼いていたとのこと。
先生がその時のおばあ様の表情を真似して見せてくれたのですが、日本人はしない表情に、すごく面白いなと文化の違いを肌で感じました。
そして、何よりも、そんな何気ない家族のエピソードを聞いていると、テレビの中の遠い存在だったエリザベス女王が、一人の人としてぐっと身近に感じられました。
タータンチェックは「柄」ではなかった

また、先生が話してくれたスコットランドのタータンチェックの話も印象的でした。
私は以前まで、タータンチェックは単なるデザインだと思っていました。
でも実は、スコットランドでは、それぞれのクラン(氏族・一族)ごとに伝統のタータンがあるそうです。
先生のお父さんはスコットランド出身なので、先生にも自分たちのクランのタータンがあります。
ある日、私がタータンチェックのマフラーをして行った時に、先生が笑顔でこう言ってくれました。
「今度イギリスへ帰ったら、僕のクランのタータンをお土産に買ってきてあげるよ。」
その一言で、タータンチェックはただの柄ではなくなりました。
そこには家族の歴史があり、文化があり、誇りがありました。
教科書だけでは、こんな話に出会うことはありません。
今年、私は先生の故郷を旅します
ロンドンの話、スコットランドの話に興味津々にになった私の思いは、ついに行動へとつながりました。
今年9月、私はイギリスを旅することにしたんです。
3年前に続いて、2回目となります。
今回は有名な観光地を巡るだけではありません。
先生がおすすめしてくれた街を訪れ、
先生がおすすめしてくれた宿に泊まり、
先生がおすすめしてくれたレストランで食事をする予定です。
私にとってロンドンは、もう「外国の大都市」ではありません。
先生が生まれ育ち、家族や友人との思い出が詰まった故郷です。
「イギリスらしい本物のSunday Roastをこのお店で食べてみて。」
「アフタヌーンティーならここ!」
「このパブに行ってみて。すごく良い雰囲気だから。」
「散歩コースを作ってあげる」
「この電車に乗ってみて。いかにも古き良き時代のイギリスが楽しめるよ。」
私がイギリスに行くことに決めてからは、先生のお気に入りのコースを詳しく教えてくれるようになりました。
そのお陰で、ガイドブックを片手に旅をするのとは、まったく違う気持ちでイギリスを訪れることができます。
私が今回旅するのは、単なるイギリスではありません。
先生の生まれ育った場所を巡る旅です。
先生が歩いた街を歩き、
先生が愛してきた景色を見て、
先生が勧めてくれた場所を訪ねる旅。
英語を学んでいなければ、この旅はありませんでした。
そして、先生と出会っていなければ、イギリスは今ほど特別な国にはなっていなかったと思います。
英語は世界を広げてくれる
英語を学ぶということは、単語や文法を覚えることだけではありません。
一人の先生との出会いを通して、その国を好きになり、世界が広がっていくこと。
私は、それこそが英語を学ぶ一番の魅力だと思っています。
だから私は、イースマイルの生徒たちにも、いつか同じような体験をしてほしいのです。
まずはイースマイルで、英語の土台をしっかり身につけること。
正しい発音を学び、自分の言葉で伝えられる英語力を育てること。
そして、ある程度英語で会話ができるようになったら、ぜひネイティブスピーカーの先生とたくさん話してほしいのです。
自分が興味のある国の先生と出会い、その国の文化や歴史、人々の考え方に触れてほしい。
英語を通して、「もっとこの国を知りたい」「いつか行ってみたい」と思える国ができたら、それは英語学習の大きな財産になるはずです。
だからこそ、どこの国の出身のどんな先生に付くのかは重要。
それによって、人生が大きく変わるかもしれないほどの、大きな選択だということを意識して欲しいです。
まとめ|英語の先には、世界との出会いが待っている

英語は、世界中の人とつながるための言葉です。
そして、その言葉の先には、
まだ知らない文化、
まだ見たことのない景色、
まだ出会ったことのない人たちが待っています。
私自身がそうだったように、生徒たちにも英語をきっかけに世界を広げ、自分だけの「好きな国」を見つけてほしい。
それが、私の願いです。


